LearnJapan 海外で日本語教育?子育て日記

海外での生活と子供のいつからでも遅くない!!日本語教育について書いてみたいと思います。

ウェールズの歴史について、カナーヴォン城 と コンウィ城

こんにちは。

 

ウェールズに住んでいるのに、あまりウェールズの話をしていませんでしたので、ウェールズの話もしたいなと思います。

 

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⇧の写真は北ウェールズのスノードニアです。

私は南ウェールズに住んでいますので、とおーい北ウェールズに入ったことがありませんが、行ってみたいものです。きれいでしょ。

 

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⇧の写真はカナーヴォン城

 

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⇧のお城はコンウィ城

 

ウェールズにはたくさんの世界遺産になったお城があるんですよ。

 

ウェールズ在中15年になったくせに、北ウェールズにはいったことがないので今年の夏にはいきたいなーと計画中。

 

いままで、会う人、会う人に、

 

「ウェールズってどんなところ?」

 と聞かれる度に、

 

 

羊が多くて雨ばっかり降っているところだよ。」

 

と、やる気なさそーに答えていた私。

 

 

 

でも、最近これじゃあいかんな。。と思い始めたのです。

 

ほら、

 

 

「隣の庭はよく見える」

 

 

ってなもので、遠くにあるものって、とてもよく見えるんですよね。

でも、近くにあるものってなかなかありがたみを感じないです。

 

 

そして、もう50にもなりそうなのに、いまだに、

 

 

いつも遠くのものをおねだりする

 

「夢見る夢子チャン」

 

の自分に嫌気がさして、(爆)

 

 

 もっと自分の身近にあるものの良さを感じてみようと思ったのです。(えへん)

 

 

 

そして、

ウェールズのことを話す機会があって、昨日からウェールズの歴史をいろいろ調べていたのだけど、、、。調べれば調べるほど、この間買ったウェールズの神話の本や、ウェールズ人のお友達が話してくれたウェールズの民話が重なり合ってきて、自分の頭の中でウェールズの歴史がふくらんできちゃったんですよ。

 

 

ウェールズは、ケルト民族のブリトン人なのだけど、ローマ帝国軍が攻めてきたときに西の方に追いやられてしまったのですね。だから、ケルト特有の妖精、怪物、魔女、魔法使い、、と、とても神秘的な神話、民謡がたくさん残っているところなんです。(私の住んでいるところはそんな面影もないけど。。爆)雨がよく降るので嫌な時もあるけど、その代わり、緑がとてもきれいだし、山、川、原、海、森、林、滝と自然がたくさんあります。

 

 

ウェールズ人はローマ人に西に追いやられたのは追いやられたのだけど、アイルランドからは、スコッツという民族、」スコットランドからは、ピクト人が侵略してきたんですね。ローマ人がいなくなったあとにはバイキングがきたり、アングロサクソンのサクソン族がきたりとそれはそれは戦いに明け暮れ大変だったようですね。そして、この時代の話がアーサー王伝説になるのです。

 

話をバンバン省略させて進めば、このあと、ノルマン人がきてヘイスティングの戦いで、ノルマンディー公のウィリアムがイングランドを征服しウェールズまでくるんですねえ。

 

え?・そうですよ。。

 

 

ノルマン朝って、、、、フランスからきたのではないですか。(いまさら言うのもなんですけど。。)

 

 

 

息子たちもこちらの学校も、意気揚々と、

 

「バトル オブ ヘイステイング」

 

と習っているけど、、

 

 

「フランスから来た一民族にのっとられただけじゃん。。。。」(うっぷす)

 

 

 

正確には、フランス王の配下にある、ノルマンディー公にということだけど。。まあ、その前の、アングロサクソンのサクソン人もゲルマン人だし、ノルマンディ公も、ゲルマン人の一種らしいので、同じような民族がほかの土地に来て争ってた。。ということですよね。。デーン朝っていう、デンマークからの王様もいたし。。

 

 

ということは、イングリッシュ対ケルト民族のウェールズ人の戦いの方が大きく取り上げられているけど、、

 

ノルマンVSアングロサクソン

で、ノルマンが勝ち、

 

ノルマンがブイブイ言わせてウェールズも併合したってわけで、ウェールズは別にイングランドと戦っていたというよりも、ブリテンにくる異民族と戦っていたんですねえ。

 

 

 

そういえば、ノルマン人って冒険家だったようで、イタリアの方まで行って、サラセンの海賊退治に一役買っているのですよ。退治してくれたら、その地方を統治していいよ、、なんていわれて、退治したあとは、南イタリアを統治しているのです。そしてゆっくりとシチリアまで征服してしまうのです。

しかも、この時期はちょうど

ノルマン・コンクエスト」

の時代と重なるんですね――

 

 

この人たちも、イギリスに来たノルマン人と同じように「故郷にかえる」ということはしないでその土地で同化していったようです。

 

 

 

 

 

ノルマン人って、、フランス語を話したけど、気質はいまのイギリス人そのままですね。。冒険家で、策略家で、、、、。

 

 

 

とまあ、話がくねくねしてしまいましたが、、

 

 

ウェールズの話に戻ると、

 

ノルマン人とサクソンが戦って、ノルマンが勝って、

 

そのあとウェールズ人の間では有名な、「ルウェリン オブ グリフィス」が出てきてイングランド(というより、フレンチ+ゲルマン)と戦いウェールズの王になるのだけど、(彼が最初の「プリンス オブ ウェールズ」なんですよ。)ルウェリンが戦死したあとは、エドワード1世にウェールズはとうとう武力制圧されてしまったのです。

 

 

そのエドワード1世が、このブログの最初の写真の2つのお城を建てたのです。

 

 

それで、このエドワードがルウェリンのウェールズ公としての「黄金の冠」をもってかえり、ウェストミンスタ―寺院に安置してしまうのですよ。

そして、

エドワード1世は「ウェールズで生まれた英語の話せない皇子」だからといって、

 

 

カナーヴォン城で生まれたエドワード2世を

 

「プリンス オブ ウェールズ」として、

 

ウェールズ人の諸侯に自分の嫡男がウェールズの統治者として認めさせたといわれています。(逸話らしいので、本当かはわかりません。なぜなら、ノルマン朝はフランスからきたので、貴族や権力者たちはみンなフランス語を話していたそうです。)

 

まあ、それでも、それ以来、

 

 

イングランドの第一王位継承者は「プリンスオブウェールズ」と呼ばれ続けているんですね。

 

(今は、チャールズ皇太子がそうです。)

 

ルウェリン オブ グリフィスは、ウェールズの英雄なので、、こんな屈辱的なことをされて悔しいと思うウェールズ人の気持ちもわからないでもないですねえ。

 

 

 

 

ところで、このノルマン朝から下っていきまして、、まだまだフランスの貴族のつながりが強かったのですがね、

 チューダー朝になって、8世紀のウェールズ人の王様「カドワデル」の血筋を引く、ヘンリー7世がでてくるんです!!というのも、ヘンリー7世のお爺さんが、没落したウェールズの貴族(王の家系)だったのですが、ヘンリー5世の未亡人と大恋愛?をして結婚したからです。

 

すごい。。

 

これで、ウェールズの王家の血もはいってきましたよ。

 

ということは、、あの有名なヘンリー8世もエリザベス女王もウェールズ人の血が入っているんですねえー。

 

なるほど。。

 

 

 

だから、ヘンリー8世も、エリザベス1世も赤毛(ケルト人って赤毛が多いんですよ)なのかな??(関係ないか。。でも、、想像できますよね。。)

 

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ね、、、、、。

 

 

 

 

 

なんだか、、長くなってきたので、今日はここで終わりにします。

 

 

歴史って面白いですね。

 

 

それではまた!!